そらとびUFO

駄文をまとめ候

第三回お題SS 戦慄、告白、ネコバス

 暖かな室内、座り心地のいい毛皮に覆われた椅子。
今はどんなに速い乗り物でも、このバスの価値には負けるだろう。


産業革命は過ぎ、人間の作った機械が人間の脳を超え、新たな技術を日々生み出している。
動物での遺伝子操作、いわゆるキメラ研究もそのひとつである。
もちろん人道的、倫理的観点からの批判は少なくなかったが、研究で得られたものは、人間の想像より遥かに大きいものだった。
異形の姿をした動物に、人々は戦慄し、時には愛らしさを感じた。


通称「ネコバス」も、この研究で生み出された大きな成果だ。
ネコとバスを融合して生まれたわけではない。中が空洞の大きなネコをバス代わりに使っているだけのことなのだ。
大昔のウマやラクダと同じ、といえば懐古主義者も口を閉ざすだろう。


しかしこのネコバスには大きな秘密がある。
人間が意図して隠しているわけではない。世界で一番精度の高い人工知能が隠蔽を提案したからだ。
大衆に隠し、本質を見せずに得られる成功というのもある。いままでの事例から明らかなことなのだろう。


人工知能に背いて、私はここに告白する。


ネコバスという生物は死なない。生物ではもはやないのかもしれない。
食べ物も睡眠も取らずに生きていける。不老不死、人類の理想。
それをバスという移動手段に使っているのが、人類だ。


利益のため、ネコバスの数は目に見えて増えている。
このまま一体どうなるのだろう。人間は、いつ気付くのだろう。
幸い、私には死の救いがある。哀れな彼らをどうか助けてやって下さい。
アーメン。

第二回お題SS 万年筆、砂糖、飛行機

 小さな窓から見える町並みは私にとって忌々しい過去だった。
煙を吐く建物たちも、萌える緑も、もうすぐ雲の下に隠れ消える。
清々しく、生まれ変わる時の気分、いや、脱皮する生き物の気持ちが近いだろうか。
ひとりくだらないことを考えながら、思わず口元が緩んでしまう。


「行き先に恋人でも?」
静かに発せられた声に不意を突かれ驚く。隣席の男か。眠っているものだと思い込んでいた。
面倒だが、怪しまれてはまずい。適当に会話を続けよう。
「いえ、こうして飛行機の窓から町を見ていると、おもちゃのようで」


男は驚かせたことを申し訳なさそうにしていたが、思いの外、私が気さくに応えたのに驚きつつ、嬉しそうだった。
「分かります。悩んでた事、全部がおもちゃの町での出来事だと考えると、なんだか深刻になるのも馬鹿らしいですよね」
男は人懐っこそうな笑みを浮かべながら言った。


 深刻になるのも、馬鹿らしい。
そうだ。私がしたことも全ておもちゃの町で起こったこと。
ブリキの人形をひとつ壊しただけ、それだけのことだ。


血まみれになりながらしがみついてきたあの女、彼女の顔も腕も手も全てブリキに変わっていく。
また自然と口元が緩むのを必死に抑える。
最後の最後で気を抜いて捕まるなんて、在り来りで愚かだ。


そう考えた時だった。ふと何かを忘れているような感覚が身体を走る。
頭のなかに女の最期が浮かぶ、 すがりつく女の声、女の腕、血にまみれた手のなかで強く握られた"それ"。
嗚呼、神さま。


冷や汗がどっと出ているのがはっきりと分かる。
彼女から記念日に貰った万年筆、忌々しいそいつは雲の下、壊れたブリキ人形の手の中だ。


「大丈夫ですか?」
はっと顔を上げると、隣席の男が心配そうに私を見つめていた。
怪しんでいる顔には見えないが、気を抜いてはいけない。しっかりしなければ。


落ち着くために静かに深呼吸をすると、鼻の中を慣れ親しんだ香りが通ってゆく。
いつの間にか目の前に置かれた紙コップには珈琲が注がれていた。


「返事がなかったので勝手にもらってしまったんです。すみません。ミルクとお砂糖も」


「ああ、ありがとう…」
できるだけ自然に、いつものようにミルクと砂糖を入れ、かき混ぜる。
とりあえず飲んで落ち着こう。それから考えればいい。それから。考えるのは、それからだ…


珈琲を飲み干し、息を吐くと幾分楽になった。
まずは怪しまれないよう、隣の男にお礼と嘘の言い訳を、恋人が死ぬ夢を見たとかどうだろう。
いや、わたしに恋人が、いたら、あのときの、応えは、へんだ、なにかが、変、だ


助けを求めるように隣の男を見ると、彼は微笑んでいた。
まるでおもちゃの国のブリキ人形のように。

山流

 群れをなし、生の限りを尽くさんとする魚たち。互いに身体をぶつけながら上へ上へと押し合い、高みへゆく。


その傍らには、枝から落ちた青い若葉が、水の流れに身をまかせ漂い下ってゆく。


遠くでは鳥たちが賑やかに鳴いている。風の中を、木々のざわめきの中を、はばたきながら空に溶けてゆく。


風が一鳴りすると、木の葉たちはいっせいにその身を夕に染める。


水面から浮き出る鱗はきらきらと紅を映し出し、水に漂う葉も面影なく色めいていた。


紅く燃える鳥たちも、やがては暗闇に溶けゆくだろう。