そらとびUFO

駄文をまとめ候

第二回お題SS 万年筆、砂糖、飛行機

 小さな窓から見える町並みは私にとって忌々しい過去だった。
煙を吐く建物たちも、萌える緑も、もうすぐ雲の下に隠れ消える。
清々しく、生まれ変わる時の気分、いや、脱皮する生き物の気持ちが近いだろうか。
ひとりくだらないことを考えながら、思わず口元が緩んでしまう。


「行き先に恋人でも?」
静かに発せられた声に不意を突かれ驚く。隣席の男か。眠っているものだと思い込んでいた。
面倒だが、怪しまれてはまずい。適当に会話を続けよう。
「いえ、こうして飛行機の窓から町を見ていると、おもちゃのようで」


男は驚かせたことを申し訳なさそうにしていたが、思いの外、私が気さくに応えたのに驚きつつ、嬉しそうだった。
「分かります。悩んでた事、全部がおもちゃの町での出来事だと考えると、なんだか深刻になるのも馬鹿らしいですよね」
男は人懐っこそうな笑みを浮かべながら言った。


 深刻になるのも、馬鹿らしい。
そうだ。私がしたことも全ておもちゃの町で起こったこと。
ブリキの人形をひとつ壊しただけ、それだけのことだ。


血まみれになりながらしがみついてきたあの女、彼女の顔も腕も手も全てブリキに変わっていく。
また自然と口元が緩むのを必死に抑える。
最後の最後で気を抜いて捕まるなんて、在り来りで愚かだ。


そう考えた時だった。ふと何かを忘れているような感覚が身体を走る。
頭のなかに女の最期が浮かぶ、 すがりつく女の声、女の腕、血にまみれた手のなかで強く握られた"それ"。
嗚呼、神さま。


冷や汗がどっと出ているのがはっきりと分かる。
彼女から記念日に貰った万年筆、忌々しいそいつは雲の下、壊れたブリキ人形の手の中だ。


「大丈夫ですか?」
はっと顔を上げると、隣席の男が心配そうに私を見つめていた。
怪しんでいる顔には見えないが、気を抜いてはいけない。しっかりしなければ。


落ち着くために静かに深呼吸をすると、鼻の中を慣れ親しんだ香りが通ってゆく。
いつの間にか目の前に置かれた紙コップには珈琲が注がれていた。


「返事がなかったので勝手にもらってしまったんです。すみません。ミルクとお砂糖も」


「ああ、ありがとう…」
できるだけ自然に、いつものようにミルクと砂糖を入れ、かき混ぜる。
とりあえず飲んで落ち着こう。それから考えればいい。それから。考えるのは、それからだ…


珈琲を飲み干し、息を吐くと幾分楽になった。
まずは怪しまれないよう、隣の男にお礼と嘘の言い訳を、恋人が死ぬ夢を見たとかどうだろう。
いや、わたしに恋人が、いたら、あのときの、応えは、へんだ、なにかが、変、だ


助けを求めるように隣の男を見ると、彼は微笑んでいた。
まるでおもちゃの国のブリキ人形のように。