そらとびUFO

駄文をまとめ候

さらばオクトパス 01

 いつもと同じように、虫が鳴いている。硝子越しに夜空を見つめるが、星は見えない。小雨が降ってきたらしく、虫の声もしだいに止んでいった。気持ちをはやらせないよう、雨音に耳を傾ける。今が過ぎ去ることを待つしかない自分に不甲斐なさを感じながら。


ドン、ドンドン


鈍く湿った音が雨音を遮る。嫌な予感が一瞬にして現実になる、覚悟はしていたが、この扉を開けることが今はただただ恐ろしかった。


「…すまない」


扉が高い音を立てながら開いたあと、静かにその声は発せられた。
雨の雫が白い髪と蓄えられた髭をつたい、地面に落ちてゆく。老人の顔はやつれていたが、はっきりとした顔立ちと向けられる慈悲の瞳はよく見知ったものだった。


「村長、妹のことですか」


彼自身、はっきりとそう口が動いたことに驚きながら、自分の言葉が何も意味をもたないことを同時に感じた。


 妹、エリアは彼のただ一人の家族だった。
戦火の中、両親を失った兄妹は支え合いながら、互いの存在を噛みしめながら、生き抜いてきた。エリアにとっての兄、ルメスは人生であり、彼もエリアのために生きていた。
虐げられ、無力だった彼らに手を差し伸べたのは今の姿より少し若い村長であったが、その手を掴み導いたのはエリアだった。


「最期まで気丈に…振舞っていた…」
村長が気持ちを抑え、伝えようとする姿が痛ましく、ルメスは目を背け、ぐっと涙を堪えた。慰めの言葉より、妹が少しでも救われる言葉を聞きたかった。幸せだった記憶も、辛い最期の記憶も、全て自分が持って、エリアと共にいたい。


小さな雨音の中、彼は老人の話に耳を傾けた。


―つづく―

第一回お題SS 弓、星、黄泉の国

 その国には、生が無かった。
全てが死から始まり、 見渡すかぎりの絶望と終焉だけがこの国の礎であった。
「空というのは、一体どこまで続いているのですか?」
光のない瞳を真っすぐに向けながら、少年は私に問いかける。
闇に覆われた空の下、彼の栗色の髪は淀みなく風になびいていた。


「どんな暗闇にも始まりがあるでしょう。君が"それ"を見たいを望めば、きっと。」
私の答えに不満げな顔を浮かべ、彼は空を見上げた。


 じっと押し黙ったまま、二人同じ空を見つめ、考える。
この世界に光などあるものか。あればここは死の国、黄泉の国などと呼ばれはしないだろう。
彼の問が再び頭にこだまする。
一体どこまで、一体いつになったらこの闇から逃れられるのか。


「あ。」
少し驚いた彼の声と同時に、私の瞳の中に一筋の光が走った。
白く輝くその姿は、彼と私の眼前を、弓から放たれ意志をもった矢のように過ぎ去ってゆく。
 光が通り過ぎ、再び瞳が暗闇だけを映すようになっても、互いに一言も声を上げることはなかった。
永遠に続く終焉は一瞬にして、一筋の光をも黒に染める。
ただ、暗闇の中に浮く少年の栗色の髪は、小さな光を纏い、星のように揺れていた。